■■■縁起■■■

研究会発足にあたり、 さまざまな人との不思議な巡り会わせがありました。
以下の文はそんな縁を、顧問の小二田助教授に書いて頂きました。

(『邦訳ALL ABOUT TEA 第19章』 より。紹介人物の所属等は2004年時のものです。)

もそも、なぜ日本文化を専攻するゼミが、70年も前の、しかも英文で書かれた書物の翻訳をする羽目に陥ったのか、それを説明するためには、数々の因縁を語らなければなるまい。歴史は、どこを出発点に据えるかによって、その意味が全く変わってしまう。この話は、私が最初にこの本を知ったところから説き起こすのが良いように思う。そのことで、この研究の意義と今後の展望とが朧気ながらでも提示できれば、と考えている。 この本を初めて目にしたのは、03年12月12日金曜日。静岡市北番町にある静岡茶輸出組合・ヘリヤ商会の一室。みせてくださったのは、ヘリヤ商会の谷本社長。同席したのは、もとアーウィン・ハリソンズ・ホイットニー商会の有度山さんと、彼等を紹介してくださった、そしてこの話の重要な登場人物となる茶商葉桐清一郎さんであった。 

の話に入る前に、葉桐さんについて触れておく必要がある。“平成の売茶翁”こと、葉桐清一郎さんは、全国的(世界的?)に名の知られた茶商で、“日本茶インストラクター”の先駆けとして、様々な場所に出没して緑茶の普及に努めている人物である。彼は好奇心旺盛で研究熱心、おまけに破格の行動力の持ち主で、私が講師をしている静岡市長田公民館の十返舎一九講座を介して知り合いとなった。私は駿府・静岡の文化を調べていた関係で、二丁町遊廓や蘭字(木版画を中心とした輸出用茶箱ラベル)などについて随分情報も戴くようになった。そう言う中から、蘭字のことなら是非とも戦前の茶貿易に詳しい方のお話をと言うことで、先のヘリヤ商会を一緒にお訪ねしたのである。つまり、当初の訪問目的は、静岡の印刷文化史を語る上で欠くことの出来ない蘭字の制作現場について“生き証人”からお話をうかがうことであった。慶応年間に創業したヘリヤ商会の歴史は、日本の茶貿易の中でも重要な位置を占める。彼等のお話は尽きることなく、北番町・茶町周辺の賑わいを彷彿とさせる物であった。そこで出てきたのが"All about Tea"という本で、70年前に出版された、世界中のお茶に関する全てが書かれた本であるらしい。当時の日本の茶産業・貿易のことも詳しいが、翻訳はない。谷本さんはこともなげに、「簡単な英語だから読んでみたら」と仰る。確かに役に立ちそうな本だとは思ったが、近くの図書館にもなく、英語にも自信がなかったので、全貌の確認もしないまま、この話はその後暫く棚上げになっていた。

度が替わって、私の研究室に新しい院生が加わった。吉野亜湖さん、夫の白雲さんとともに、流派に囚われない茶道の普及に努め、前年には『走り出した和の心』と言う著書まで出している茶人である。随分前に暫く潜り学生をしていたことがあるが、前年秋に市役所で行われた十返舎一九展で再会し、改めて、本格的に日本の茶文化、茶書について勉強したい、と言う話になり、受験、晴れて大学院生となったと言うわけである。早速、授業では、江戸時代の書物の基礎知識を講義しつつ、茶道文化に関する本を読むことにした。大学院の講義は、専門性が高く、放っておくと人が来ない。私一人では教育効果も上がらないので、一緒に勉強すると言うことにして、葉桐さんを誘ったのである。実は、葉桐さんと吉野さんは、茶道(抹茶)と煎茶と、別の行き方でこそあれ、同じく因習に囚われることなく茶文化を世界に広める活動をしていると言う関係で、時折行動を共にする旧知の間柄であった。

桐さんを引き込んだ私には、この際近代茶業史や蘭字も研究テーマに入れたいと言うもくろみがあった。そこで改めて話題になったのが、"All about Tea"である。そこで、吉野さんが金谷町のお茶の郷博物館から、全体の目次と日本に関するまとまった記述のある箇所のコピーを戴いた上で、改めて研究の意義や方法などについて検討することにした。ここで改めて本書の全貌を確認し、その価値を認めるに至ったのである。議論の結果、とりあえず、近代茶業・茶貿易はあとにして、茶道に関係の深い第2巻19章を先行して翻訳・注釈を施してみよう、と言うことになった。
 
後して、小二田研究室修士2年の川嶋美輪さん、『古事記』を研究しているが実は茶道の嗜みもある修士1年の北川敏行君、社会人学生としてこの春独文を卒業したばかりの、十返舎一九研究会で御一緒したこともある鈴木清子さん、その娘さんで、英語教師や海外での勤務経験もある鈴木敏子さんと、周りをどんどん巻き込んでいった。また、ゼミの学生を対象に吉野さんが茶道講習を行っていた時、たまたま茶室に現れた、茶道部員で言語文化学科日本アジア言語文化コース2年生の市川奈々さん、その縁で、同じく茶道部員、茶道文化全般にめっぽう詳しい農学部3年生の松村優輝君も加わってくれた。

うして多彩且つ有能なメンバーが揃った。心許ないのは「指導教員」で、特に英語や外国語文献の調査に関しては全く頼りにならない。そこで、言語文化学科英米言語文化コースの助教授で、英文学だけでなく、イギリスのガーデニングや茶文化も研究している鈴木実佳さんの登場となった。これで、隙のないチームに仕上がった。

うこうする内に、"All about Tea"は、文生書院から復刻が出ていること、原本の著作権は日本ではまだ有効であること、姉妹編である"All about Coffee"は、既にUCCから翻訳が出ていること、等が判った。で、復刻版を購入。作業は本格的になってきた。

標は、11月の「お茶まつり」で発表し冊子を配布すること。それまでにもう一つクリアしておかなければならないのが著作権であった。これに関しては、「日本茶業史資料集成」の編集者寺本益英氏が、武庫川女子大学のMKCRプロジェクトのメンバーであったことから、そのプロジェクトリーダーで、日本近世文学会事務局もなさっている西島孜哉氏を介して連絡を取ることが出来、文生書院から、研究利用の快諾を得る、と言う運びとなった。どこでどう繋がっているのか、不思議な因縁が後押しをしてくれた。

うして、専門を超え、学部を越え、地域社会とも結びついて、四苦八苦しながら、とにかく1章仕上げたのがこの報告書である。苦労話は切りがない。本書翻訳の意義については小泊重洋氏(この著名な茶文化研究者がここに寄稿してくださったのは、吉野さん・葉桐さんの御縁があってのこと。有り難い限り)の文章に詳しい。蛇足を覚悟で最後にもうひと言、今、静岡大学のチームがこの本に挑む意義について少しだけ触れておきたい。

泊氏の文章にもあるように、本書は世界中の関連書物を博捜した上で書かれている。今回1章分を読んでいく過程で、参考書や現地情報の摂取の仕方などの一端を明らかにし得たと思う。第2巻19章に関して言えば、幕末から明治に掛けて、啓蒙的に書かれた茶道の入門書のありかた、岡倉天心やエドワード・モース、ジョサイア・コンドル、あるいはロンドン日本協会などに代表される、近代初期、海外における日本文化紹介の実態その物が、茶文化を越えて非常に興味深くもあった。今後、他の各章が、同じような方法で構成されていると考えると、気が遠くなるが、逆に、茶文化を英語で学ぶ、と言うことに留まらず、関連する資料を探求することから得られる様々な情報・効果を考えたら、これほど素晴らしい教材もないだろう、と言う思いも確かにある。

所静岡の大学が、持てる力を結集し、地の利を活かしてネットワークを拡げ、本書の注釈・翻訳を続けていったなら、そこから得るものは計り知れない気がしている。

静岡大学人文学部言語文化学科 助教授 小二田誠二


   
   
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